カジカとゴギ

"カサゴ"の由来の記事でも触れたが(詳しくは"カサゴ"をご覧下さい)、「痘痕(あばた)」もしくはその地方名を語源とする魚は、カサゴだけではない。

カサゴと同じような…頭部に小さなトゲやコブがたくさんあったり斑状の模様によってデコボコガサガサマダラ顔をしている川の魚を「痘痕魚」にしている例があるようだ。


カジカはカジカ科カジカ属の淡水魚で、タイプの違いがある。

大卵型は綺麗な水質の河川上流部に住む河川陸封型。中卵型は北海道と本州日本海側に生息する川と海を行き来する両側回遊性のタイプ。小卵型は本州四国の太平洋側の河川で両側回遊性を持つ。琵琶湖で湖沼陸封型であるウツセミカジカは小卵型と同種であるとされる。

非常に美味であるとされて郷土料理が多い。

別名として有名なのは「ゴリ」である。

そして「カブ」など。またハゼ科のドンコと混同された非常に多くの地方名が存在する。


さて魚のカジカの語源として"カエルのカジカ"と見た目が似ていて混同したという俗説がある。

カエルの方は「河鹿」と書いて、とても特徴的な鳴き声から鹿に喩えた名前だが、カエルとサカナが似ているので取り違えてしまったという説だ。

『日本釈名』に「河鹿なり、山河にある魚也、夜なきて其音たかし」とあるのが根拠だ。

いやそんな…いくらなんでも蛙と魚を見間違えるかな…確かに模様や色は似ているかもだが…しかし魚が鳴くのはあり得ない。

日本釈名が単純に文字を間違えただけのような気がする。


カジカの語源は、その地方名ゴリやカブから推察するに、やはり痘痕の地方名「カジ・ガジ・ガシ」に由来したと思われる。

カサゴの関西地方名「ガシラ」と同じである。

「ゴ・カブ」も痘痕の地方名である。

「あばたの川魚」という意味でカジカであり、ゴリ・カブだろう。


「ゴリ押し」という言回しはよく知られていると思う。

語源は「魚の"ゴリ"が細い川を大群で遡上する時、押し合いへし合い我先にと進む様」だそうだ。

または川の石で堰を作り水口に籠罠を仕掛けて川上からカジカを追い込む「ゴリ押し漁」というものもあるらしい。

このゴリがカジカなのかヨシノボリなのかドンコなのか不明だが漢字で書くと"鮴押し"で鮴が使われる。

この場合鮴はメバルではなく"メバルカサゴソイ類"という意味なんだろう。

おそらく昔の人は語源を理解していて、カジカは「川のカサゴ」と思われたはずだ。

だからカジカの痘痕由来説はかなり信頼できる。


もう一つ、「ゴギ」の語源についても触れなければならない。

イワナの中国地方の地域個体群で、特徴として頭部から体側まで分布する大きな白斑が目立つ。

ゴギの語源を検索すると、…朝鮮語で「魚」を意味する「물고기」(ムルコギ)に由来すると言われ、たたら製鉄が盛んだった古代、朝鮮半島からやってきた技術者がそのように呼んだ名残…と多くヒットする。

この原典が不明なのだが、調べると山本素石氏という渓流釣りの有名なエッセイストの著作かららしい。

うーむ、たたら製鉄自体は日本で発達した固有の技術であるので、もし朝鮮半島からの技術者がやってきたのであれば記紀にあるように古墳時代の吉備箱型製鉄炉となるより前の時期に任那や百済から帰化人がやってきた頃となる。しかし現在の韓国語・朝鮮語は高麗から李氏朝鮮へ連なる独立言語で満州語やツングース語族の方が関連性があるとされる。百済や任那の言葉が由来の日本語がありふれているならば古代朝鮮語が語源の可能性は高いかもしれないが、突然ゴギだけが朝鮮語のムルコギ由来ですと言われても信頼性に欠ける。


鳥取県のイワナは日野川以北がニッコウイワナ、日野川水系上流部にゴギ、と分布の境界線だ。

頭の白い斑点が目立って「隣の川のイワナとはちょっと模様が違うイワナ」と認識されて、それに相応しい名前を与えられたはずだ。

当時の日本人が多く罹患し日常的に苦しめられた天然痘とその跡である"あばた"は現在よりもかなり一般的な言葉だったであろう。

「あばた顔のイワナ」として「ゴギ」と呼ばれたと思う。

釣り人語源考

魚の語源や海の地名の由来など 釣り人目線での語源考です。

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