ゴンズイ

磯や波止で小物を狙ったエサ釣り、特に穴釣りや夜の浮き釣りなどで厄介なゲストとしてお馴染みである"ゴンズイ"。

まずはどんな魚かまとめよう。

ゴンズイの1番の特徴として幼魚の時にフェロモンの作用によって集合して「ゴンズイ玉」と呼ばれる集団を形成する。

そしてエラと背ビレ前に硬い棘があり、そこから猛毒を出す。刺されると丸一日は痛みで何も出来ない。

珍しい海に棲息するナマズの仲間で、口周りにヒゲがあり小さくてヌルヌルであるしそもそも猛毒の棘を持つので、釣れてもリリース対象の魚ではあるが、天ぷらなどにして食べれば実は非常に美味である。


一般的には語源は不明とされているが一説には地獄の鬼の牛頭(ゴズ)に似るので牛頭魚(ごずいお)からと云われている。要するに牛の頭に似ているからと。しかしながらよく見れば可愛い顔でとても牛の頭を連想出来ない。

またゴミを意味する中部地方の方言「ゴズ・ゴンズリ」から「屑な魚」という意味でゴンズイとなった説もある。…地方の言葉が全国区の魚名になるのか少し疑問が残る。

もし釣り人が命名するなら、あの"ゴンズイ玉"が特徴であるからそれに因んだ名前を付けると思うのだが…


さて実は植物にもゴンズイ(権翠)という木が存在する。

その語源には説が2つあって、一つは魚のゴンズイ(権瑞)に由来し"ゴンズイと同じく役に立たない"からだ、と云われる。

しかしこのパターン、「〇〇は別の〇〇に由来」はよくあるが「役に立たない」からと言ってなぜわざわざ魚の名前を木に付けるのか根拠が全く無い。

ゴンズイは日本固有種で赤い果実と黒い種子が実に特徴的で目立つ。若芽は食べる事が出来、偶に樹皮が白い個体があり庭木として植えられることもある。結構役に立つのである。

そしてなぜ「ゴンズイ」と言うのかという根本的な疑問には答えになっていない。

魚と木が同じ名前であるならば、「同じ様な語源である」とするのが正しいであろう。


さてもう一つの木のゴンズイの語源に「牛頭天王の護符である牛王宝印を挟む"牛王杖"(ゴオウヅエ)に用いられた木であり、牛王杖が訛ってゴンズイとなった」とある。

木の枝の先を割って隙間に護符の札を挟んで戸口に掛ける風習があって、それをこのゴンズイの木を使うのである。調べると家の戸口はゴンズイ、田んぼの水口に牛王杖をする時はニワトコの木を用いると決められている。ちゃんと役目が決まっているのだ。

何やら「牛の頭」というキーワードが再び浮上してきた。しかも単純に「牛の頭に似る」ではなくて「牛頭天王」という神様だ。

植物のゴンズイが牛頭天王と関係があるなら魚のゴンズイも牛頭天王と何かしら関連があるかもしれないので牛頭天王について調べてみた。


出自不明の習合神である「牛頭天王」は素戔嗚尊の本地垂迹による別名であるとされる。

習合神とは日本神話とインド仏教や中国道教の神話が融合されたものだ。

そしてこの牛頭天王が近世になって鬼のゴズの元となる。

釈迦が説法を行う祇園精舎の守護神とされ、祇園神社や八坂神社、天王神社に祀られている。

"祇園牛頭天王御縁起"によれば、薬師如来が大願し豊穣国の国王の息子として垂迹した。姿は7歳で7尺5寸(2m30cm)、3尺の牛の頭と赤い角を生やしていた。

国王を継いだ牛頭天王だが、その怪物の様な姿の為に妃となる女性はおらず更に皆逃げ出す始末。可哀想なので大臣達が気分転換に山に狩に誘うと、人語を話す山鳩が現れて「八大龍王の沙掲羅龍王の娘を紹介したる」というのでなんやかんや一緒に旅に出た。

長旅で疲れた牛頭天王は長者に宿を借りようと頼み込んだ。しかし見た目が怪物なんで長者は酷い扱いをして追い払う。しかし長者の兄で貧乏な蘇民将来が粗末ながらも快くもてなした。 元気になった牛頭天王は旅の結果、沙掲羅龍王の三女の頗梨采女と結婚し八王子を始め84654の眷属神が誕生する。

後に牛頭天王が長者に復讐する時に蘇民将来に「長者の妻は蘇民将来の娘なので茅の輪の中に居れば助かる」と告げる。

これが茅の輪くぐりの風習の起こりでありまた「蘇民将来之子孫也」の護符の誕生でもある。夏の疫病をはじめとした災厄を防ぐ御利益がある。蘇民祭や祇園祭の元となった神様なのである。


また「備後国風土記」の疫隈国社(えのくまくにやしろ広島県福山市にある素盞嗚神社と思われる)の縁起によると、旅の途中の武塔神の宿の要請を裕福な巨旦将来は断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらもてなし、後に再訪した武塔神が自らを速須佐雄能神と名乗り巨旦将来の一族を皆殺しにするが、巨旦の妻は蘇民将来の娘であったので茅の輪を付けさせ助命したとある。


地獄の獄卒である牛頭馬頭は仏教の経典の阿傍羅刹からのイメージが徐々に拡がり日本の中世における地獄の説話や絵画に登場し馴染み深い。

また鬼として牛の頭を持つ"牛鬼"の説話も多い。

「牛の頭の怪物」はミノタウロスを始め古今東西、荒ぶる神から獄卒そして鬼まで普遍的に広がる。


さて牛頭天王の護符を"牛王宝印"という。祇園社をはじめ寺院や神社から独特の文字で発行されるお札で、夏の疫病、更に様々な災厄から守ってくれる護符である。

荒ぶる神であるスサノオは嵐を巻き起こし祟りにより疫病を始め災厄を起こすが、雨によって作物の実りにもつながる。スサノオの印によって自然の災厄から逃れ自然の恵みを得るのである。

なぜ牛頭天王の名前が護符になると"牛王"(ごおう)に変わったのかと言えば、『和漢三才図会』によると「うぶすな(産土、生土)と書かれた護符の文字が引っ付いていて、生土が牛王に間違って読まれてしまったから」らしい。

という事は元々"牛王宝印"ではなく古い時代では"牛頭宝印"と呼ばれていたのだ。


さて牛王宝印で特に有名なのが熊野三山のお札である。各社独特の書体で書かれるお札であるが、熊野三山では熊野権現の御使いが"八咫烏"であるので"烏文字"を使って文字にしている。

写真は「熊野山宝印」と「那智瀧宝印」と書かれた護符である。

実際の熊野牛王宝印の護符を見てみると、カラスが集団になって文字を表しているが、なんともまるで「黒い生物のカタマリ」となっている。

ゴンズイの1番の特徴である"ゴンズイ玉"とそっくりだと思う。


昔の人がゴンズイ玉を見て「まるで"牛頭宝印・牛頭印"の様だ」として「ゴズイン」と呼んだのではないだろうか。植物のゴンズイもゴズインを挟む木だ。

そして長い間に「ゴズイン」が訛って「ゴンズイ」という魚名が誕生した…そう考えるとピッタリする。

釣り人語源考

魚の語源や海の地名の由来など 釣り人目線での語源考です。

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